看護師さんを不安にさせた私のちびっ子探検談

看護師さんを不安にさせた私のちびっ子探検談

病弱だった私の入院

子供の頃は、病弱だったので三人姉妹の末っ子の私だけが、何度も病院のお世話になる事が多かったのです。ほとんどが上の姉妹からの感染パターンでしたが、どういう訳か一度原因不明で入院する事になってしまいました。
当時は、付き添いには家の人が泊まり込みが出来たのです。子供心に実家が給料取りではなく、商売をしていたので、「1人で大丈夫」と意識が朦朧としている中で言った覚えがあります。

 

入院してすぐは毎日のように検査検査で注射の跡だらけ。あまり意識がなかったのですが、目を覚ます頃になると、必ず看護師さんがこそにいてくれました。後で考えると、救急ではないにしても、症状が安定していなかったので小児科のナースセンターの傍に置かれていただけだったようです。

 

私の小さな探検

3日ほどすると、ケロっとしてわが身に起っている環境の変化が気になって、探検しにベットを抜け出しました。外からはいつも見ていた病院だったので、だいたい階段を下りない程度の探検です。窓から外が良く見える所に行きたかったのと、古い建物だったので戦災の跡が残っている建物が隣接していた病院だったので、何処から行くのだろうかとウロウロ。その頃病室では、私がベットにいないので大騒ぎになっていたようです。それこそ付き添いがいませんから、病棟の看護師さんの責任は重大です。看護師さんにとっては、本当に逃げ出したとか、居所が解らないなんていう事が発覚すると給料の減額どころではない騒ぎだったようです。そんな大騒ぎになっているとはつゆ知らず、私は、探検に迷うことなく目的の場所は閉鎖されていて、その先にも行けず、がっかりして病室の傍に帰って行きました。もっともそのあたりまで戻って来たのですが、本当の自分の部屋の判別は出来ていませんでした。

 

優しく対応してくれた看護師さん

ひょっこり戻ってきた私を見つけた看護師さんは、にっこり笑って「どこいっていたの。みんな探していたのよ」と、優しく言ってくれました。私はその時に怒られる事はなかったのですが、面会に来た母が事の次第を聞いて、こっぴどく叱られました。

 

実は、最初はあまり病気の原因が判らなかったのですが、どうも感染性の危険のある病気なので、病室を個室に移してあったのです。そういえば、最初は子供5人がいた部屋でしたが、その後1人部屋に移されていました。でも、その時の看護師さんは私を叱る事もせず、優しく迎えてくれたので反省の気持ちは少なかった気がします。看護師さんは、子供なのに脊髄から水を摂る検査を何度も何度も行ってたので、大変だろうと思ってくれていたのと、注射が嫌で逃げ出したのだろうと思っていたそうです。それが、自分から戻ってきてくれたので嬉しかったという事でした。もっとも首がつながったぐらいの安ど感があったかと思います。今の看護師さんなら怒られるかもしれませんが、昔の看護師さんは懐が深かったみたいです。

 

注射が嫌いじゃないのは看護師さんのおかげ?

大人になって、不幸にも同じように脊髄から水を摂る検査をする羽目になりましたが、子供の時は痛覚が出来上がっていなかったので、むしろくすぐったかったのを覚えています。最後の検査の注射はなんとなく痛く感じてきた気がしましたが、それでも注射が嫌いな子供にはならなかったのです。たぶん、その時に看護師さんに
「偉いわね」「強いのね」「お母さんを心配させないいい子ね」
なんて言われ続けてくれてたからなのでしょうか。家とは違った環境で褒められるのは案外苦手意識を克服してくれるものですね。こういった事を看護師さん達は知っていていうのでしょうか。
それにしても、こういう子供がいては、どれほど看護師さんの給料がよくても身が持たないでしょうね。